がん患者とナースを「SNS看護」でつなぐプラットフォームとして、2021年にTomopiia(トモピーア)はプロジェクトを開始しました。今回ご紹介する十枝内綾乃さんは現在、Chief Nursing Officerとしてナースを統括する立場にあります。
今回のインタビューでは、十枝内さんの参画の背景のほか、本事業を通して実現したいビジョンなどを語ります。
Chief Nursing officer 十枝内綾乃(としない・あやの)さん 1993年より看護師としてのキャリアをスタート。2017年に約400床の総合病院の看護部長に就任し、看護師の採用業務など院内の幅広い業務に従事した。看護師がイキイキと働ける環境作りを目指し、2019年よりナラティブ(語り)を取り入れた人材育成プロジェクトを発足。2022年にTomopiiaの立ち上げに関わり、現在Chief Nursing officerとして活躍している。
「あなたと出会えて良かった…」患者さんからの言葉が看護師としてのやりがいに
──まずは、十枝内さんのこれまでの経歴について教えてください。どのようなきっかけで看護師の仕事を始めたのでしょうか?
高校生の頃から障害者向けのボランティア活動に参加するなど、看護福祉の領域に関心がありました。私は自分のことより誰かのために一生懸命になることが好きで、「ありがとう」と言ってもらえることが何よりのモチベーションでした。
高校卒業後の進路に迷っていた時、母から「手に職をつけたらどうか」とアドバイスがあり、看護学校へ進学することを決めました。
──それから30年近く、看護師としてのキャリアを重ねてきたわけですね。
走り続けることができたのは、高齢者の患者さんたちとの出会いでしたね。どこか弱々しい立場の人として扱われることが多いのですが、人生を振り返れば20代や30代の頃に仕事や恋愛に忙しかった時期が今の若い世代と同じ様にあったと思うんです。
そんな人たちの最期に立ち会うことの尊さを覚えた時に、「あなたと出会えて良かった」と感じてもらえる看護ができたらと思うようになって。気づくと、あっという間に30年が経っていました。
──そんな十枝内さんが、病院の仕事を辞めてTomopiiaのプロジェクトに参加するようになるわけですが、どのような背景があったのでしょうか?
2017年に看護部長に就任し、看護師の職場環境の改善や採用活動に関わるようになったことが、結果的に現在のTomopiia参画に繋がりました。
看護師の離職率の高さなどが社会課題として問題になる中、私はまさにその渦中にいたわけです。医療現場では看護師の抱える疲労感や仕事に対するやりがいの喪失も珍しくありません。それでも患者さんのためには医療サービスの品質は維持していく必要がある。こうした課題をどうにか解決できないかと日々試行錯誤をしていました。
そこに追い打ちをかけたのがコロナ禍でした。素敵な仕事のはずなのに、目の前の大変さに目を奪われ、余裕がなくなってしまった。「なぜ医療現場の前線に出続けなければいけないのか。なんで私たちだけが」という声が聞こえてくるわけです。
私も一人ひとりに声をかけて励ましたいと思う一方、看護部長として当時勤めていた病院では380名の看護部をまとめる立場にあったため、ていねいに寄り添う時間もありません。常に崖っぷちに立たされているような感覚がありました。
そんな時に、偶然出会ったのがTomopiiaです。当院の病院経営再建を目的に、三井物産から出向していた副事務局長の重村さんから「プロジェクトを一緒に手伝ってくれないか?」と声がかかったんです。
世の中の医療サービスの質向上や看護師のやりがいを取り戻すためのチャンスかもしれない。そんな想いからTomopiiaのプロジェクトに参画することを決めました。
役割は「看護師の価値観」をビジネスサイドに翻訳して伝えること
──現在、十枝内さんはどのようなお仕事を担当しているのでしょうか?
メインの役割は看護師の考え方や視点を、ビジネスサイドのメンバーに伝えることです。看護師が持つ価値観や “当たり前” の感覚は業界特有な部分もあるので、私が翻訳する必要があるんです。
Tomopiiaは、SNS看護を学ぶ看護師とがん患者を繋げるプラットフォームであり、双方がチャット機能を使って「文通」する機会を提供するサービスです。つまり看護師との関係性が非常に大切なビジネスなので、通訳者の存在が不可欠になります。
──具体的に、どのような「翻訳」が求められるのでしょうか?
Tomopiiaでは無償で手伝ってくれる看護師を募集するにあたり、参加メリットとして無料のコミュニケーション研修を提供しています。これが非常に好評で、多くの看護師さんが参加するきっかけになっています。
ところがこの企画は当初、メンバー間で大反対があったんです。「そんなことをしても看護師さんが集まってくれるわけがない!」という感じで(笑)。
でも私からすると、そう思うことが逆に不思議でした。看護師には「看護師の倫理的行動」という考え方が浸透していて、専門性を高め続けることが当たり前だからです。最近は終業時間内の研修も増えていますが、それとは別に、自分に必要だと思う知識やスキルを得るためにプライベートの時間を使って学習をする看護師も珍しくありません。
──現在Tomopiiaに登録している看護師さんは、無償で参加する方々なんですよね。そのあたりも、もしかすると独自の価値観が影響している気がします。
勉強をしたり資格を取ることに貪欲なこともそうですが、誰かのために貢献することがそもそも好きという傾向もあります。だから、自分が役に立てることには率先してチャレンジをする。ただその前提には、まだ勉強中の知識やスキルだから無償でも頑張れる、というのはあると思います。
Tomopiiaの初期アイデアでは「看護師の副業」という位置づけで、気持ち程度の報酬を渡す計画があったのですが、私はそれでは誰も動かないと思いましたし、実際にそうでした。
勉強中のスキルを使って無償で貢献するか、専門性の高いスキルを使ってちゃんと相応の報酬をもらってお仕事をするか。そういったお金に対する考え方がはっきりしているのも看護師の特徴だと思っています。
なので、今は無償で手伝ってくれている看護師さんも、専門的な対話スキルをTomopiiaで身につけた方には、新しい働き方の提案が必要になるはずです。そのあたりは今後の課題として打ち手を考える必要がありますね。
ありのままを受け止める「ナラティブ(語り)」の力をTomopiiaは提供する
──ここからは看護師の視点から、Tomopiiaのサービスの価値について語ってもらえたらと思います。例えば看護師とがん患者が「SNS看護」というチャットで繋がることは、看護師にとってどんな価値があると考えますか?
「患者さんとゆっくり対話できる機会」そのものが大きな価値だと思います。血圧を計っている時やトイレに連れて行ってあげる時など、会話の機会自体はあるものの、隣に座ってゆっくりお話をする時間は医療現場では、ほとんどありません。
特に私が勤めていた病院だと、急性期病院ということもあり、話す内容の優先順位がありました。必要な情報が聞けたらすぐに次の患者さんへ……という場面も正直多いです。
「本当はもっと寄り添った看護がしたい」。そう考えている看護師さんにとって、対話の機会があることはとても嬉しいことだと私は思います。
──反対に、患者さんにとっての価値はどうでしょうか。SNSでの対話は、どのような意味を持つのでしょうか。
Tomopiiaの対話では「ナラティブ(語り)」の要素を感じる時があります。がん患者の方と対話をすると「病気が辛い」という話よりも、初めに自分の幼少期を語り、どんな生き方だったかが語られる。そこに「がんになった自分」が登場するわけです。
ゆっくりと、ていねいに、自分の人生を語る中で「がんになった自分」を受け入れていく。この対話のプロセスがナラティブです。
しかもSNSは対面での会話と違い、文章を振り返ることができます。自伝を書くようなイメージで、自分自身と向き合うことができるため、ここに大きな価値があると私は考えています。
──ナラティブの概念を聞き、SNSで対話をすることのイメージが変わりました。病気になった自分を受け入れるための大切なプロセスなんですね。
私も初めは対面の場での会話をそのまま「SNS」で実践すればいいと考えていましたが、実はそうではありませんでした。喋っているだけでは流れてしまう内容も、文字として記録されるので読み返すことができる。伝えた内容を振り返ることができるのは両者にとって大きなメリットですよね。
また、言葉の使い方にも敏感になると思います。「再発しなくて良かったね」と対面の場であれば思わず口から出てしまうことも、チャットなら一呼吸置くことができる。これを聞いた相手はどんなことを思うんだろう? って。
──看護師として、コミュニケーションスキルを磨けるわけですね。
Tomopiiaに参加してくれている看護師さんは、患者さんとのコミュニケーションに少し自信がないからこそ研修を受けようと思う方も多くいらっしゃいます。ですから最初は上手じゃなくて良いんです。経験を積み重ねることによって、コミュニケーションスキルも上がり、やがて対面の場でもその力が発揮されるはずです。
ただ、対話によって患者さんの問題を解決できると考えるのは、看護師として少し傲慢だと思っているので、研修でもこれはお伝えしています。会話相手としてあなたが存在したこと自体が役割としてもう十分。
看護師は「患者さんの役に立てているかどうか?」に気を向けず、ありのままを受け止めることが大切だと考えています。
看護師にもお互いに対話の時間が必要。その先に見る「看護の質」が向上した未来
──Tomopiiaのサービス価値、ポテンシャルの大きさが感じられました。今後、事業をさらに展開していく中で、どのような展望を描いていますか?
Tomopiiaは、看護師においても「対話の場」になると思っています。患者さんだけでなく、看護師にとっても「自分の話を聞いてほしい」「自分のことをわかってほしい」という想いはあるはずです。
以前は休憩時間の何気ない会話のほか、食事や飲み会の場が多くありました。今は休憩時間も1人でスマホを片手に過ごしたり、仕事が終わればさっさと帰ってしまうのが当たり前になりつつあります。コロナ禍の影響で誰かと対面で会話をする機会も減ってしまいました。結果的に、看護について対話をする時間そのものが失われてしまったように思います。
それがTomopiiaの研修に参加をすることで、自分以外の看護師と対話をする機会を得られ、新たな気づきや発見が生まれる。自分の感じたことを人に話すことでさらに理解が深まり、考えの共有を通じてまた別の人にも気づきを与えられる。そんな場を提供出来たらと思います。
Tomopiiaを通じた看護師さんの成長は、社会全体の看護の質にも貢献できると考えています。チャットで文章を打つことは、どこにいてもできる行為です。言葉や文章、対話というのは医療器具を必要としない看護だと思うので、少しでも多くの方々が自分にできる範囲での看護ができる世の中になることを目指していきたいです。
事業の成長だけでなく、社会への貢献に繋がっていくと嬉しいですね。これからもサービスの改善に向けて頑張っていきます。皆さん、Tomopiiaをこれからもどうぞよろしくお願いします。
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