Tomopiia(トモピィア)は、がんと共に生きる方の「不安」や「孤独」の解消を担当看護師との対話を通して個別にサポートするサービスです。このサービスの開発から生まれた、『SNS看護』という新しい看護の形を提案しています。
前編に引き続き、東京医療保健大学副学長・看護学科学科長である坂本先生との対談を通して、超高齢社会における看護の在り方を探求していきます。
今回のテーマはTomopiiaが展開する「SNS看護」の可能性について。CNO(Chief Nurse Officer)の十枝内がお話を伺います。
坂本 すが(さかもと すが)先生 プロフィール
和歌山県出身。昭和47年和歌山県立高等看護学校保健助産学
部卒業。平成19年埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。昭和51年関東逓信病院(現・NTT東日本関東病院)入職。同産婦人科病棟婦長などを経て、平成9年〜平成18年看護部長を務める。平成18年東京医療保健大学看護学科学科長・教授就任。平成21年中央社会保険医療協議会専門委員。平成23年6月〜平成29年6月、公益社団法人日本看護協会会長。平成29年6月より現職(東京医療保健大学副学長・看護学科学科長)。令和3年3月〜令和5年3月日本看護管理学会理事長、令和5年6月より地方独立行政法人東京都立病院機構評価委員を務める。
SNS看護は看護師のコミュニケーションスキルも向上
十枝内:前編では、超高齢社会を迎えたこれからの日本の看護の在り方をテーマに対談させていただきました。今回は私たちが提供しているサービスである「SNS看護」について、お話を深めていければと思います。
聞きなれない言葉だと思いますが、メッセージのやりとりをするチャットアプリを使って、看護師とがん患者さんが対話をするイメージになります。
前編の対談でも、社会の大きな変化の中で対話が再び大きな役割を担うことになるのでは、というお話が出ましたよね。Tomopiiaはそこに対して、SNS看護という手段を用いることで、これからの看護の未来に役立てられたらと考えています。
坂本:看護師の仕事は日々忙しさが増し、治療と安全が最優先ですから、患者さんとの雑談を挟む余裕も少なくなってきたと感じています。果たしてそれで良いのだろうか、という疑問のようなものが前回のお話の中で出てきましたよね。
そこでTomopiiaでは、「看護師と患者さんのコミュニケーションの場づくり」を意識したと伺いました。現在、取り組まれているSNS看護のサービスの現状について、教えていただけますか?
十枝内:SNS看護のサービスを実際にスタートしてみると、ここは大切に進めなければいけない、という部分がクリアになってきて、看護師に対してまずは研修を充実させることの優先度を高くしている状況です。
坂本:具体的にどんなことがサービス展開の上で大切な部分だと感じたのでしょう?
十枝内:SNS看護は、患者さんとのメッセージのやりとりなので、看護師であればすぐに対応できると思っていたんです。普段から患者さんとの会話は病院の中でしているはずなので、コミュニケーションはきっと得意だろうと思い込んでいました。
ですが、看護師ならではの思考のクセのようなものがあって、それがSNS看護をする場合には時に妨げになるケースもあることに気がつきました。
要は問題解決型の思考なんです。病院では多くの患者さんを短時間で診る、アセスメントをすることが求められるので、じっくりと対話を味わうような接し方をする機会がそう多くはありません。
そのため、チャットでメッセージが送られてくるたびに、お返事はどうすればいいんだろうと立ち止まってしまうケースが出てきてしまった。課題を発見したり目標設定したりすることをいつも心掛ける職業なので、まるで逆のスタンスで接することに戸惑いがあったのかもしれません。
また、文章だけでやりとりをすること自体の難しさもあります。顔が見えず声も聞けない、チャットだけのコミュニケーション。これは本当に簡単なことではなかったと、SNS看護を始めてみて気がつきました。
対面でお話をする場合には、会話の内容もある程度はそのまま流れていって、本人にとって印象に残った部分だけが記憶に残ったりしますよね。でもテキストメッセージの場合には、発した内容のすべてが文章として残ってしまいます。
文章に残る良い面としては、嬉しい言葉をもらった時にはお守りのような役割を果たしてくれます。逆に違和感のある言葉は、対面時のように自然と流れることはなく、画面の中で浮いて見えてしまうと思うんです。
だからこそ看護師さんはメッセージを返信する際にも、一つひとつの言葉をていねいに扱うようになる。反対にメッセージを気軽には送れず、躊躇ってしまうことも増えてしまったと考えることもできます。そのあたりの難しさを感じたこともあり、これはTomopiiaとしても看護師向けのコミュニケーション研修を充実させようということに至りました。
でもこの事実は、看護師にとってはメリットが大きいと思っています。なぜなら、文章だけのやりとりでも気持ちの良いコミュニケーションができるようになれば、病院などで対面してお話をする場合にも、もっと素晴らしい関わり方ができると思うからです。
患者さんの表情も声のトーンも、身振り手振りもわかるとなれば、きっと会話が豊かなものになると思いますし、それは患者さんにとっても嬉しいことだと思います。
坂本:Tomopiiaの研修を受けてSNS看護の実践を続けていくことは、そのまま看護技術を磨くことにもつながるのかなと感じました。看護技能っていうんですかね。私も看護師経験が長いのでわかりますが、病院で働いている時は、必要な情報だけを会話の中から取捨選択することが当然の行為なんですよね。
だから、身体に関わることや生命的なものには瞬時に反応できるのだけど、患者さんの生活や人生経験から生まれる心の奥底にあるものにはなかなか気づいてあげられなかったりする。そういった部分にも気づくためのコミュニケーションスキルが磨かれる気がします。
看護師は「観察が大事」って指導されると思うんですけど、その対象はどうしても身体的な部分が中心なんですよね。いつもこの患者さんはスリッパを揃えているのに、今日は揃えていないな、どうしたのかな、というような生活面の観察は訓練の機会は非常に少ない。自分が見たいもの、見ようとしているもの「以外の部分」が見えるようになることが、Tomopiiaの研修では得られる気がしました。
十枝内:1つ具体的な例を挙げると、SNS看護の場合は「質問の目的」が違うんですよね。患者さんが入院してくると看護師は色々な質問を投げかけますが、その目的は身体の状態をできるだけ正確に把握するためのアセスメントです。
でもSNS看護の場合は、相手への興味から生まれる質問をします。自分から質問をすることで「この人は私に興味を持ってくれている」と信頼感を得ることがとても大切です。
坂本:あくまで患者さんとの信頼関係を築くこと、心の距離を近づけることが目的の関わり方っていうことですよね。シチュエーションは病院ではないのですが、私も似たような経験があることを今お話を聞いていて思い出しました。
カナダから日本へ帰国した時の、飛行機内での出来事です。フライト時間が長いこともあってCAさんが何度か飲み物や食事、おしぼりを持ってきてくれたりするんですよね。それで、あと2時間ぐらいで到着するかなっていうタイミングでCAさんが私のところに来て、「よく眠れましたか?」と聞いてくれたことがありました。
そんな風に声をかけてもらったこと自体が初めてだったこともあるのですが、すごくそのCAさんに対して心の距離が縮まったというか、心を許せるような感覚があったんです。
SNS看護は、もっと深いところまでコミュニケーションをすると思いますが、これぐらいシンプルなことでも関係性が変わる気がしています。
十枝内:先生の仰るとおりだと思います。そこにSNS看護ならではの部分を補足するとしたら、看護師がコミュニケーションの相手であることは大きなポイントとして挙げられると思っています。
SNS看護は医療的なアドバイスをするサービスではありませんが、それでも病気のことを1から10まで説明しなくても、患者さんがどんな様子なのかと想像を巡らせることができます。そこを察した上でコミュニケーションが行われることは、非常に大きな価値があると思っています。
患者さんを大切に思うからこそ、「寄り添う」の表現は控えるようにしたい
十枝内:私はSNS看護の可能性はかなり大きいのではと、Tomopiiaで研修を提供するようになってから思う機会が増えました。
少しその背景をお伝えしたいのですが、Tomopiiaの研修に申し込まれるのは訪問看護師さんが多くて、チャットのやりとりがもっと上手になりたいって言うんですね。どういうことか理由を聞くと、訪問看護は限られた時間しか利用者さん宅に訪問できませんよね。
するとコミュニケーションの機会も制限されてしまうので、そこを補完する目的でスマホのメッセージアプリを導入していると。それなのに、ついつい必要最低限の内容だけを送ってしまい、事務的なやりとりになってしまうことが自分でも課題に感じるとのことでした。
そうした場面も含めて、SNS看護の可能性がこの先もっと広がっていけばいいな、というのはすごく感じますね。
坂本:前回の対談の中でも、地域包括ケアシステムがこれからの日本では大切な役割を担うであろうというお話をしましたよね。同時にまだまだ完成されたものではなく、課題が多いシステムという点にも触れました。
高齢の患者さんで、病院に入院できずに在宅で経過を見ることになったのだけど、やっぱり家の中に自分が一人しかいないような状況では不安は尽きない。そんな事例がこれから次々と出てくる可能性があるわけです。
そうした場面でもSNS看護の存在は役に立つ気がします。ただ、1つだけ注意しないといけないのは「寄り添う」という態度に関する考え方です。とあるシンポジウムで看護師さんと患者さんを交えてお話をしたことがあったのですが、その時のやりとりがとても印象的だったんです。
看護師さんは「本当は患者さんに寄り添って、色々とお話を聞いてあげたい。だけど業務が忙しくて全然そういう時間が作れない、それが辛い」と言うんです。すると今度は患者さんが真逆のことを言ったわけです。「私は話を聞いてもらいたいんじゃなくて、早く退院したいだけなんです」と。
これはつまり、患者さんが本当に求めていることが何なのかを見極める「観察眼」を身につける必要があることを意味する気がします。
十枝内:Tomopiiaの研修でも「寄り添う」という言葉は控えてください、とお伝えしているので、先生のお話はとてもよくわかります。
ある先生が “寄り添いハラスメント” と表現したことがあるのですが、少し強い発言だなと思いつつ、本質的にはそれくらい「寄り添う」ことの意味を考える必要があると感じています。
ある人は、厳しく注意されたら「寄り添ってもらえた」と思うかもしれないし、またある人は、会話の中でただ頷いてもらっただけで「寄り添ってもらえた」と思う可能性もありますよね。患者さんが本当に求めていることは何かを、本質的なところに意識を向けることが大切だと思っています。
看護師さんが聞きたいことを聞くのではなくて、患者さんが聞いてほしいと思っていることを聞くんだよ。患者さんが「話を聞いてほしいな」と思えるような場づくり、空気づくりをすることも、SNS看護のコミュニケーションには大事だよって伝えています。
Tomopiiaの仕組みが患者さんを「深刻な谷間」に落さないと期待
坂本:超高齢社会にあって、病院や医師、看護師の役割は何なのか。患者さんが求めていることは何なのか。それをもう一度考えてみたことがあったんです。私も身体の心配があればすぐに病院に行くタイプなので自分事として振り返ったところ、きっと「安心」が欲しいんだろうなと思い至りました。
これ、私の知人の話なのですが、83歳の時に尿がまったく出なくなってしまったことがあったらしいんです。大きな病院を何ヶ所も回って診断してもらったけど、原因がまったくわからなかったそうです。
手術をしても完治の見込みがなく、残りの人生を一生管を通したままになるだろうって話もあったと聞きました。
そこで私の知り合いの看護師さんを紹介したんですね。患者さんと看護師さんの間でどんなやりとりがあったかというと、看護師さんはずーーっと患者さんのお話を聞いてあげたそうなんです。そうしたら、尿が出るようになった。
信じられないような話ですが、医師では解決できなかったことを看護師さんが解決した例と言えると思うんですね。こうした可能性がSNS看護にはあると私は感じています。
ちょっとした風邪でも病院に行きたいと思ってしまうのは不安だからであって、その不安が解消されて安心を得ることができれば、おそらく病院に行く人も減るかもしれませんよね。
十枝内:今のお話にあったような事例は、すでにTomopiiaの中でも報告されています。がんを患っていた方で、もうとにかく最初は落ち込んでいたんです。もう私は死んだほうがいいんだと言ったり、明日が来るのが怖いと泣いてしまったり。
それがSNS看護を通して対話を続けていったところ、30日後には「私、もう元気です!」と明るいメッセージを送ってくださるようになり、手術も無事に終わったと報告をしてくれました。言葉の力の大きさを感じた瞬間でした。
坂本:前回も今回も、超高齢社会がこれからの日本ではキーワードだという話をお伝えしているように、これからTomopiiaのSNS看護を利用される方も高齢者が増える可能性があると思っています。
そこで考えたいのが高齢者の病気についてです。私の知る限りだと、多くの高齢者は慢性的に経過する病気を抱えていると言われていて、そこに対して周囲の長期的なサポートが不可欠になるだろうと思っています。
以前、厚生労働省で「看護師の仕事とは何か」についてプレゼンテーションをする機会があったのですが、そこで私は、看護師は「間隙手」であり、この「間隙手」という役割が看護の真髄だと説明したことがありました。
間隙手というのは私が考えた造語です。近年ではチーム医療が推進され、様々な職種が患者さんの最善を目指してケアを行っていますが、どうしてもどこかには隙間が生まれてしまっている、その一見気づきにくい患者のニーズ、つまり隙間にあるものをこれまでずっと看護師がキャッチしてきたとプレゼンしたんです。
隙間だからといって放っておくと、患者さんを深刻な谷間に落としてしまうことになるかもしれない。だからその手前で看護師が声をかけて救っていく必要がありましたし、これからも必要になると。
そのためには五感を働かせて、マニュアルの範囲にはない「患者さんの違和感に気づく力」が必要だと思っています。そのためにTomopiiaさんは患者さんへのSNS看護を提供すると同時に、看護師の力を高める研修を今まさに提供しているのだと思います。ますし、SNS看護としてサービスの提供もしている。
私はこれからTomopiiaの活動が広がっていくことで、間隙手の役割を担う看護師がもっと増え、もっと質も上がっていくのではと期待しているんです。すごく大きな可能性があると思っています。これからもぜひ活動の応援をさせてもらえたら嬉しいです。
十枝内:私自身もTomopiiaの活動を続ける中で、SNS看護がこれからの日本で果たす役割の大きさを実感するようになってきました。まだまだ課題もありますが、引き続き坂本先生の力をお借りできれば幸いです。
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