がんと共に生きる方の「不安」や「孤独」を解消する対話サービス「Tomopiia(トモピーア)」は、三井物産グループの新ビジネス創出に命を吹き込むベンチャースタジオ「Moon Creative Lab」から生まれたプロジェクトであり、2023年内の事業化を目指しています。
今回はTomopiiaの事業を社内から起案した重村氏に、インタビューを実施しました。
重村 潤一朗 プロフィール 三井物産入社後、医療、介護やシニア領域のビジネス開発と運営に20年以上従事。在宅介護/医療事業、介護家族向けメディア事業の立上げ、海外病院事業投資や国内病院の経営など多岐にわたる国内外のヘルスケア関連事業を経験。2020年、これらビジネス経験を通して感じた「病気を患った方々が、病気と向き合い、病気と共に自分らしく生きる世界を作りたい」という想いを形にするため、Moon Creative Lab Inc.に出向。2021年に「Tomopiia」を開始。
患者とナースを「対話」でつなぐプラットフォーム
ーーTomopiiaの事業立ち上げの具体的な背景を含め、自己紹介をお願いします。
重村潤一朗(以下略):私は1996年に三井物産へ入社し、その2年後から医療・介護福祉の領域で仕事をするようになりました。ジョイントベンチャーで事業を立ち上げたり、グローバルな病院周辺事業に貢献するなど、経験したプロジェクトは多岐にわたります。2018年には病院経営再建に関する取り組みに従事していました。
Tomopiia立ち上げの背景には、三井物産グループのR&D機能を担う「Moon Creative Lab」のピッチイベントに案件を出したことが関係します。Moon Creative labにおける仮説検証フェーズを経て、事業構想を具体的に描き、事業化検討段階に入りました。
ーー三井物産の客員起業家(EIR)制度を活用し、インキュベーション活動を実施されてました。「Tomopiia」の事業アイデアはずっとお持ちでしたか?
前述のとおり、私は医療・介護福祉領域の仕事に20年以上携わってきました。その中でさまざまな課題を感じてきたわけです。例えば「時々入院、ほぼ在宅」という見出しで新聞が記事を取り上げたことがありました。日本は今まで病院での治療(Cure)に力を入れてきましたが、今後は通院・自宅療養(Care)の比重が大きくなるのではという考え方によるものです。
では、Cureではなく「Care」が世の中的に広まったとして、その中で私たちは誰の痛み(ペイン)を解決しようかと思ったとき、がんと共に生きる方の「不安」や「孤独」という考えに至りました。両親ががんを患っていたため、私にとって身近な存在だったんです。
がん罹患者は年間100万人に及び、多くの方が打ち明けられない悩みを抱えたまま、世の中から隔絶されていると感じてしまっている。
一方でナース側でも別の課題が浮かび上がっています。医療現場の忙しさと、自身のライフスタイルとのバランスが折り合わないという課題です。ナースからは「もっと活躍の場が欲しい」「患者さんに寄り添える時間を増やしたい」という要望もあり、貢献したいけれど現実的に難しいという実態が明らかになってきています。
実際、就労ナースの離職率は11%を超えており、非就労ナースの数も70万人以上とされている。これが国内の現状です。
出典元:平成26年12月1日厚生労働省医政局看護課 第1回 看護職員需給見通しに関する検討会 資料3-1「看護職員の現状と推移」
そこで、患者さん側とナース側の、双方の課題を同時に解決できるプラットフォームを作ることはできないかと思案したことが「Tomopiia」のアイデアにつながりました。 ーー2018年頃から構想自体は重村さんの中にあり、2023年内に事業化をするわけですが、現在のサービス内容について改めて説明をお願いします。 がんに罹患した方々に担当ナースが付き、LINEのチャット機能を使って「対話」ができるサービスを開発しています。ほっとしていただける時間を増やし、日々の療養生活の質(QOL)向上の一助となるようサポートすることが目的です。β版の機能で試験的な取り組みは始まっていまして、患者さんからは「文字にすることで自分の考えや思いを整理することができた」などの感想を受け取っています。
「これは無理」という諦めから、予想外の大逆転
ーー「Tomopiia」では、LINE機能を活用したチャットサービスにすることで「どこにいても仕事ができる」環境が作れますし、文章のやりとりを通じて患者さんも喜んでくれる。まさにWin-Winの関係ですよね。ただ、概念検証を通じて、難しさもきっと感じられたと思います。
そもそも、チャットだけで医療領域のコミュニケーションを図ることは無理だと最初は思っていましたね。ナースは患者さんと直接会うことで表情を確認するなど、五感をフル活用して対話をするためです。文字だけでは受け取れる情報に限りがある。
ところが、ふたを開けてみれば文章のやりとりだけで非常にディープな会話をしていて、しかも毎日楽しそうにしている。その様子を実際に見て初めて「これはいけるかもしれない」と思いました。
ーー非同期のコミュニケーションでありながら、双方の医療課題を解決できる革新的なサービスが誕生したわけですね。
ただ、やはり難しい場面も多々ありました。患者さんが自分自身のことを客観的に観察できるように自己記録機能を付けたアプリを開発して、チャットもその中で打つようにしてもらったんです。そしたらこれが不評で(苦笑)。LINEが使いやすいのになぜアプリをわざわざ作ったんだと、利用者の方からご意見がありました。スタートアップであれば機能を1つに絞るべきというビジネス観点からのアドバイスもいただき、「対話サービス」に特化させたんです。
ーー「Tomopiia」はプラットフォームなので、患者さん以外にナースも利用しますよね。そちら側での問題はありませんでしたか?
ありました。けっこう頭を悩ませましたね。当初は業務を委託する形でナースの協力を仰いでいましたが、そうすると「効率」に意識が向くんです。一人で多くの患者さんを担当してもらおうと思ってしまう。
これを繰り返した結果、「仕事との両立が難しくなった」「続けていくのが難しい」という声がありました。オペレーション優先にした結果、ほとんどのナースが去ってしまわれました。
ーー人が辞める瞬間はつらいものがありますね。こちらはどう乗り越えたのでしょうか?
紆余曲折ありましたが、最終的には「研修」の機会をナースに提供する仕組みにして関心を持ってくれる方々に集まってもらいました。このアイデアをくれたのが、現在チームで一緒に動いてくれている現役看護師の方です。ナースは学びに対して大きな価値を見出す存在なので、非同期の対話を通して患者さんに貢献できるようなスキルを学べる「研修」を用意してあげたら嬉しいはずだとフィードバックをくれました。
この時も私は非常に懐疑的でした(笑)。本当にそれで「Tomopiia」に興味を持ってくれるナースは集まるのだろうかと。ところが現実は大当たりです。現在は「SNSを使った患者コミュニケーション」という新しいアプローチでリーチ数を増やし、多くのナースに参加していただける仕組みとなりました。
世界も視野に、サステナブルなサービスをデザインする
ーー事業規模拡大が可能かどうかは投資判断として非常に重要かと思います。事業の理解を得る上でのポイントはありますか。
社内審査が通らなければ、準備が無駄に終わってしまうため必死でした。もちろん、ビジネス視点で考えればスケールするモデルの構築は重要ですし、マネタイズ方法も大前提で求められます。これらを踏まえて、内部の承認を得ることは必須だと考えていました。 その当時、規模が先かお金が先かという議論がありました。この時は関係者全員が「規模を優先する」と意見が一致し、まずは短期集中でナースと利用者(患者さん)の数を増やすことに専念する計画を立てました。ただ、どこかのタイミングではマネタイズの仕組みを構築して、収益化させる必要があります。 手段は色々と考えられるんですよね。わかりやすい部分であれば、受益者である利用者(患者さん)への課金を促す有料プランを用意してもいい。ただ、その方法は今のところ考えていないんです。 「Tomopiia」をビジネスの側面から考えると、価値は「ナースと患者さんの接点」にあると思うんです。コロナ禍の影響から、患者さんにリーチしたくてもできない企業や病院が増えています。一方で「Tomopiia」は接点が増えていくビジネス設計になっているし、ナースと患者さんの関係性も深まるので資産性も生まれる。 重点を置くべきポイントを見極めながら、医療制度下でのマネタイズも含めて、様々な方法を検討したいと考えています。また、医療に関するテーマは世界で共通の部分も大きいため、日本に範囲を限定しないマネタイズの仕組みをデザインできたらと考えています。
自分らしい療養、自分らしい看護の実現に向けて
ーーここまで事業内容やビジネスモデルに関するお話を中心に伺ってきました。最後に重村さんが「Tomopiia」にかける想いについて触れたいと思います。改めて今回のプロジェクトで、実現したいことは何でしょうか?
20年以上、医療・介護福祉の分野で働いてきた私は、常に一貫した志を持ち続けてきました。それは患者さんの自律と、ナースを含めた医療従事者の自律の2つです。
表現を変えれば、病気になっても自分らしく生きられる世界の実現と、医療職の方が自分らしく活躍できる世界の実現です。
病気になっても自分の味方になってくれるナースがいる。「Tomopiia」を活用することで、そういった体験をもっと増やせたらと思っているんです。肉体的な痛みや精神的苦痛、社会から隔絶されたような想いも和らぐかもしれない。死生観に対する悩みも「対話」を通じて向き合える世界を作りたいと思っています。 医療職の自律では、例えばフリーランスで病院を2ヶ所掛け持ちしながら「Tomopiia」では副業で活躍できるような、そんな専門職の民主化が起こせたらと思っています。事業を成功させるまでに課題はまだまだ山積みではありますが、多くの方々の力をお借りしながら、多くの方に利用していただけるサービスに育てていきたいと思っています。
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